La Neige 唯識を学ぶ Series #0

 

唯識―こころの風光―

 

Live Talk featuring Yoshimura Makoto

 

 

2001211日(日)1400

at La Neige

 

 

ごあいさつ ●10年ほど前、「そういうことに興味があるなら『唯識』を勉強したら?」と人から勧められた直後に、東京で会うはずの友人のピンチヒッターとして偶然お会いしたのが、その道を専攻している吉村さんでした。●その時、唯識について「世界には色々な国があるけれども、1人の人が知っているのはその一部でしかなく、その人にとって知らない国は無いのと同じである」というようなことを説明してもらったのがとても印象に残っています。●というのも、それまで“いっちょがみ”であちこちに首を突っ込んでは世界が広がったような気がして楽しい思いをしてきたからでしょう。以来「識を拡げる」というのがラ・ネージュの隠しテーマにもなりました。●今後『唯識を学ぶ』シリーズはワークショップへの展開を考えているのですが、今回はそのダイジェスト版としてお話しいただき、これからの方向性を探りたいと思っています。                       ラ・ネージュ亭主 四方有紀

 

講師プロフィール ●吉村誠。1969年生まれ。早稲田大学大学院文学研究科東洋哲学専攻博士課程修了。現在、早稲田大学文学部講師。●唯識思想が東アジアに伝播してゆく過程について、玄奘三蔵の事跡を中心に研究する。インド・中国の仏教遺跡をめぐり現場で思索をめぐらせる。趣味は茶道。●近年の論文に「玄奘の大乗観と三転法輪説」「唯識学派における「一乗」の観念について」「唐初期における五姓各別説について」「真諦訳『摂大乗論釈』の受容について」「玄奘の事跡にみる唐初期の国家と宗教の交渉」など。


Introduction 「こころ」の世界地図

「ルーマニア」(国家・社会)は存在するのか。

「四方さん」(他者)は存在するのか。

「わたし」(自己)は存在するのか。

 

 

1st step ものごとは「こころ」がつくり出す

ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によってつくり出される。

もしも汚れた心で話したり行なったりするならば、苦しみはその人につき従う。

――車を引く牛の足跡に車輪がついて行くように。

もしも清い心で話したり行なったりするならば、楽はその人につき従う。

――影が形について離れないように。        『ダンマパダ(法句経)』

 

心如工画師、画種種五陰。一切世界中、無法而不造。

  心は工画師の如く、種種の()(おん)を画く。一切世界中、法として造らざる無し。

※五陰…()(うん)。色・受・想・行・識。肉体と心作用と心。物質と精神。    『華厳経』

 

三界虚妄、但是心作。十二縁分、是皆依心。

三界(さんがい)()(もう)なり、()だこれ心の作なり。十二縁分、これ皆心に()るなり。

※三界…欲界・色界・無色界。世界の全体。 

※十二縁分…十二因縁。無明から老・死にいたる苦しみの生存状態。     『華厳経』

 

 

2nd step 存在するのはただ「こころ」のみ

唯識vijnapti-matrata

唯識無境――ただ心の働き(精神活動)だけがあり、対象(外的事物)は存在しない。

()(もう)分別(ふんべつ)――(しかし、外界に対象が実在するという)誤った識別や判断をしてしまう。

 

瑜伽(ゆが)()yogacara 相応論師yogacarin 識論者vijnanavadin ⇒ ()()(ぎょう)(唯識)派

 

釈尊 Sakyamuni BuddhaB.C.560?-480?  『()(じん)(みつ)(きょう)

()(ろく) Maitreya270?-350?)         瑜伽(ゆが)師地論(しじろん)

()(じゃく) Asanga310?-390?)         『摂大乗論(しょうだいじょうろん)

()(しん) Vasubandhu320?-400?)       『唯識(ゆいしき)三十(さんじゅう)(じゅ)

 

 

慈氏菩薩、また仏に(もう)して(いわ)く、「世尊よ、諸々の()()(しゃ)()(さん)()()所行の影像(ようぞう)あり。彼、この心と(まさ)に異有りと言うべきや、当に異無しと言うべきや」と。

仏、慈氏菩薩に告げて曰く、「善男子よ、当に異無しと言うべし。何を(もっ)ての故に。彼の影像は()だこれ識なるに()るが故に。善男子よ、我、識の所縁は唯だ識の所現なりと説くが故に」と。

※毘鉢舎那…vipasyana 禅定で得られる静かな心によって対象をありありと観察すること。観。

    三摩地…samadi心を統一すること。三昧。  影像…かげ・すがた。本質の対。

解深密経

 

3rd step 「こころ」の構造

八識説  〔表層心理〕@眼識 A耳識 B鼻識 C舌識 D身識 E意識

〔自我意識〕Fマナ識manas

〔深層心理〕Gアーラヤ識alaya-vijnana

アーラヤ識――自己の基底となる識。あらゆる種子を内蔵(一切種子識)し、

すべての事象のよりどころ(一切法依止(えじ))となる。

(しゅう)()――過去の行為の結果。未来に事象を生じる因子。

熏習(くんじゅう)――印象づけ。習慣性をもち、潜在余力となる。

 

アーラヤ識はすべての事象(一切諸法)を生じ、事象はまたアーラヤ識に印象(熏習)を与え、それが一瞬一瞬に生滅しながら持続している。すなわち、現象世界はアーラヤ識を基盤とした思い込みに彩られているが、私たちはそこに固定的実体があるとみなして識別を繰り返しながら生きている。それは究極的には真実ではない判断(虚妄分別)である。そこで、通常の識別を介在させないヨーガの実践(唯識観)を行い、アーラヤ識に長年染み付いた習慣的方向を逆転(転依)させる。

 

阿陀那識甚深細。一切種子如瀑流。

()()()識は甚だ深細なり。一切種子にして瀑流(ぼる)の如し。

阿陀那識adana-vijnana アーラヤ識の別名。執持識。                  『摂大乗論』

 

 

Epilogue 「こころ」は変わる

唯識観――ヨーガの実践。唯識の理(三性)を観想する。

三性(さんしょう)――心の三つのあり方。虚妄分別を払拭し、全一なる世界へ回帰する。

(てん)()――アーラヤ識の転換。煩悩のより所から涅槃のより所へ。

境識()(みん)――対象も心も共に消え去る。

 

 

La Neige 唯識を学ぶ Series

今後の展望

 

唯識思想と現代

モノの氾濫――人間のモノ化への違和感

情報の氾濫――それで何がわかったのか

自己の孤立――心も世界も繋がっている

 

ワークショップ1 唯識の思想と歴史

まず、唯識の基本的な考え方と、伝播の歴史について学ぶのはいかがでしょう。

唯識の思想史上の位置を知ることで、「とりあえず分かった気になる」ことも大切だと思います。

全体が見渡せるように、次のような3回のシリーズを考えてみました。

 

1印度編 ブッダからアサンガへ――唯識の誕生――初期仏教・アビダルマ・空・唯識

2中国編 玄奘三蔵の求法と伝法――唯識の伝播――唯識による仏教思想の統合

3日本編 最澄と徳一の仏性論争――唯識の解体――唯識は差別思想なのか

 

ワークショップ2 唯識論書を読む

本格的に学ぶには、やはり原典をひも解くことが必要です。

唯識は仏教思想の中でも難物で、「唯識三年、倶舎八年」と言われるほど学習に根気がいります。

継続は大変ですが、得るものも大きいでしょう。唯識の綱要書には次のものがあります。

 

無著『摂大乗論』  唯識説に基づいて大乗の要義を十章に組織化したもの。

世親『唯識三十頌』 唯識説の大綱をわずか三十の頌にまとめたもの。

護法『成唯識論』  護法の『三十頌』に対する注釈書。

 

唯識の入門書

服部正明・上山春平『仏教の思想4 認識と超越〈唯識〉』角川書店、1970

横山紘一『唯識思想入門』第三文明社、1976

太田久紀『唯識の読み方―凡夫が凡夫に呼びかける唯識―』大法輪閣、1985

横山紘一『わが心の構造―『唯識三十頌』に学ぶ―』春秋社、1996

 

平成13年度 NHK教育テレビ「こころの時代」

横山紘一「心の神秘を解く・唯識」

本放送:毎月第3日曜日AM5:00-6:00  再放送:毎月第4日曜日PM2:00-3:00